肺高血圧症(PAH:Pulmonary Arterial Hypertension)
錦織 淳美,Pharm.D.
学習目的
1. 肺高血圧症の病態・定義を理解する。
2. 肺高血圧症の分類・症状・危険因子について理解する。
3. 基本治療法、治療薬について理解する。
病態・分類
肺高血圧症は肺動脈の血圧(肺動脈圧)が高くなることが原因でおこる病気です。心臓から肺に血液を送る血管(肺動脈)の末梢の小動脈の内腔が何らかの原因で狭くなると、肺への血液循環が不十分になります。すると心臓は肺へ血液を十分送ろうとし、肺動脈圧が高くなります。その結果、右心室(肺動脈に血液を送り出す部屋)は高い肺動脈圧に耐えられず、機能低下(=右心不全)を引き起こします。
健常者の平均肺動脈圧は18~19mmHgとされています。加齢による上昇を考慮にいれても20mmHg以上にはなりません。従って一般に平均肺動脈圧が20 mmHgを超える場合は、肺高血圧症と診断されます1)。
肺高血圧症は、a) 肺動脈性肺高血圧症左心性心疾患に伴う肺高血圧症、b) 肺疾患および/または低酸素血症に伴う肺高血圧症、c) 慢性血栓性および/または塞栓性疾患における肺高血圧症、d) その他(サルコイドーシス など)に分類されます。2)
症状・身体所見
自覚症状としては、労作時の呼吸困難、疲労感、動悸、胸痛、咳嗽などがあり、他覚的所見としては、低酸素血症に伴うチアノーゼ、頸静脈怒張、肝腫大、下腿浮腫、腹水などが挙げられます。慢性閉塞性肺疾患・間質性肺炎・先天性心疾患を伴う場合、ばち状指(指先がふくらみ爪も大きく丸く指先を包みこむような形状の指)が見られることもあります1)。
危険因子3)
本症の危険因子としては、
1)疾患:先天性心疾患、門脈圧亢進症/肝疾患、膠原病、HIV感染 など
2)薬物:抗うつ剤、経口避妊薬、抗ガン剤、喫煙、
3)性別(女性)、妊娠、体高血圧症、肥満
などが指摘されています。
診断方法
上記の自覚症状の確認、視診、触診などを含めた診察(ステップ1)の後、心電図、胸部エックス線、心エコー、肺機能検査などのスクリーニング検査(ステップ2)を行い、その上で肺高血圧症の疑いが強ければ、精密検査(ステップ3)として肺シンチ(肺換気・肺血流)、右心カテーテル検査、胸部CT・MRI検査などを行い診断を確定します。
薬物療法4)
肺高血圧症は、適切な治療薬が少なく治療効果や患者のQOL改善の期待できない疾患として知られていましたが、近年は数々の治療薬が臨床応用可能となり、治療選択肢も増えてきました。詳しい治療手順は2007年ACCPガイドライン1)を参照していただき、ここでは治療に使われる薬剤の分類・特徴や作用・副作用について述べます。
1) 血管拡張療法
ァ)経口血管拡張剤
①プロスタグランジンI2製剤(ドルナー)
ドルナーは日本で開発された経口PGI2製剤です。無作為化二重盲検試験5)にて、6分間歩行の改善効果はみられたものの長期予後効果は認められず、2007年のACCPガイドラインには採用されていません。それに代わって、徐放薬(ケアロードLA、ベラサスLA)が2007年に認可され、今後治療薬の主流になるものと思われます。cAMP産生により血管拡張作用を示し、血小板凝集抑制作用も併せ持っています。空腹時内服にて吸収率が低下することが報告されており、副作用の消化器症状を軽減するためにも患者には食後内服を指導する必要があります。
② エンドセリン受容体拮抗薬(ボセンタン)
経口治療薬の第1選択薬で、ET受容体に拮抗して肺血行動態、運動耐容能を改善します。予後の改善効果が報告されています6、7)。肝機能障害、血球減少(ヘモグロビン低下)などをモニターする必要があり、薬物相互作用(ワーファリン、グレープフルーツなど)についても注意が必要です。また薬価は1錠が4370円で1日治療費を換算すると8740~17480円とかなりの高額になります。
③ ホスホジエステラーゼ(PDE-5)阻害剤(レバチオ)
もともと抗狭心症薬として開発されたシルデナフィル(バイアグラ)を日本では肺高血圧症治療薬として適応外使用していましたが、2007年に徐放薬(レバチオ)が開発・認可され、肺高血圧症の適応となりました。臨床上ではトラクリアとの併用療法もよく見られますが、相互作用によりシルデナフィルの血中濃度低下による効果減弱と、ボセンタン濃度上昇による肝障害に注意が必要です。またシルデナフィルの副作用としては、頭痛、顔面・体幹紅潮、下痢、悪心嘔吐などが高頻度でみられます。
④ カルシウム拮抗薬
先に述べた種々の血管拡張薬が開発されるまでは第1選択薬でした。高用量(海外ではアムロジピン15-30mg、ジルチアゼム 360-900mgなど)での使用が特徴です。
ィ)プロスタサイクリン持続静注療法(フローラン)
インフュージョンポンプで持続静注するPGI2製剤で、他の血管拡張薬で無効 の場合にのみ適用とされています。半減期が短く心静脈留置ラインからの 持続静注が必要であること、また治療費も1ヶ月100万円以上と高額であるな どの問題点が残されています。
2) 抗凝固療法(ワーファリン、アスピリン)
病態の進行に肺動脈内の微小血栓が関連しているとの報告もあり、ワーファリン、アスピリンなどの抗凝固薬が投与されるケースもあります。ワーファリン使用時の目標INR値は1.5-2.5とされていますが、エビデンスはありません。欧米においては、明らかな肺血栓塞栓症ではINR2.5-3.5でコントロールする必要があるとされています。
3) 利尿剤
右心不全を伴う症例では、日々の体重変化を把握し微調節しながら使用されています。
4) 強心薬
右心不全を伴う症例では、ジギタリス、デノパミン、ピモベンダンが用いられる場合があります8)。
酸素吸入療法
肺高血圧症では心拍出量が減少し、全身へ酸素を運ぶ能力が低下しています。労作後や睡眠後の低酸素血症予防、自覚症状や運動耐容能の改善を目標に、在宅酸素療法(SPO2>90%を目標)を用いることがあります。
外科療法
治療選択肢として肺移植がありますが、待機時間が非常に長いことが問題です。
参考文献:
1) 肺高血圧症治療ガイドライン(2006年改訂版)
http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2006_nakano_d.pdf
2) 高田 淳、久保 亨、土居義典. 肺動脈性高血圧症. 治療増刊号 2009;Vol.91:818-822
3) Lewis J.Robin Chest 2004; 126: 7-10
4) 薬の選び方、使い方のエッセンス: 治療 2009 Vol.91(南山堂): 818-822
5) Barst RJ, McGoon M, MacLaughlin V, et al: Beraprost Study Group: Beraprost therapy for pulmonary arterial hypertension. J Am Coll Cardiol, 41: 2119-2125, 2003.
6) Channich RN, Simmoneau G, Sitbon O, et al: Effect of the dual endothelin-receptor antagonist bosentan in patients with pulmonary hypertension: a randomized, placebo-controlled study. Lancet, 358: 1119-1123, 2001.
7) Rubin LJ, Badech DB, Barst RJ, et al: Bosentan therapy for pulmonary arterial hypertension. N Engl J Med, 346: 896-903, 2002.
8) 病気と薬 パーフェクトBOOK 2009: 薬局 増刊号2009 Vol.60 No.4(南山堂):229-232
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