メチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA )肺炎治療薬バンコマイシンとリネゾリド間の最近の議論点-バンコマイシンの第一選択役としての位置づけ-
森田 一美, PharmD, BCPS
はじめに
バンコマイシンはMRSA感染治療の第一選択薬として位置づけられているが、近年バンコマイシン感受性の低下したMRSAが出現し、バンコマイシン による治療効果が得られなかった症例が報告されるにつれ、バンコマイシンの有用性が問われている。今回はMRSA肺炎の治療に焦点をあて、その治療薬であるバンコマイシンとリネゾリドの間の議論点をまとめながら、バンコマイシンの第一選択薬としての位置づけを考える。
学習目的
1. MRSAの最近の動向を理解する
2. MRSA肺炎の治療薬として、バンコマイシンの有用性が問われている理由を説明する
MRSAの最近の動向
現在MRSAはアメリカの病院で最も頻繁に特定される薬剤耐性菌の一つであり、その発生率は年々増加傾向にある。ICUで検出される黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus )のうち、約60%がMRSAである1。MRSAは院内肺炎の病原菌として頻繁に検出され、MSSA肺炎と比較し死亡率・治療費用が高く、ICU滞在期間が長いことで知られており2,3、医療システムに対する負の影響が大きい。
最近のMRSAの動向として注目すべき点は、Community-acquired MRSA (CA-MRSA) の出現である4。 本来MRSAは院内感染の病原菌 (Hospital-acquired MRSA: HA-MRSA) という認識があったが、2000年以降、医療施設とは全く関わりのない健康な患者が市中でMRSAに感染する症例が増加している。今回はCA-MRSAの詳細については触れないが、CA-MRSAはHA-MRSAとは全く異なる特徴をもっており、非常に興味深い。
MRSA肺炎治療薬-バンコマイシンとリネゾリド-
現在、MRSA感染症の治療薬としてFDAの承認を得ている抗生剤は5つある (バンコマイシン・キヌプリスチン/ダルホプリスチン・リネゾリド・ ダプトマイシン・チゲサイクリン)。この中で、バンコマイシンとリネゾリドの2つがAmerican Thoracic Society/ Infectious Diseases Society of America (ATS/ IDSA) による院内肺炎治療ガイドライン5で使用が推奨されている。
バンコマイシン
バンコマイシンは、Kefauver-Harris Amendmentsという法案が1962年に通過する以前にFDAの承認を受けている。Kefauver-Harris Amendmentsは、FDAの薬剤承認を受けるためには、薬剤の安全性だけではなく、有効性も証明することを義務付けた法律である。このため、バンコマイシンの有効性に関するデータは当時乏しかったが、その後の臨床経験の積み重ねによりその有効性が再確認されている6。MRSA肺炎の治療には注射剤のみが有効で、バンコマイシンの場合、通常最低血中濃度値(トラフ値)が15-20 mcg/mLとなるように投与設計される。バンコマイシンの副作用としては腎毒性が知られているが、昔の不純物の混在した製剤を使用していた頃に比べると、頻度は低くなっている。 .
リネゾリド
リネゾリド は2000年にFDAの承認を受け、唯一院内肺炎に対する適応を持っている。リネゾリドは注射剤と経口剤の両経路による投与が可能で、腎機能による投与量調節がいらないことから、バンコマイシンより使用を好む医師がいるほどだ。しかし、副作用である血小板減少症や貧血、相互作用の面で注意すべき点はあり、そして何よりリネゾリドは高価薬として有名である。リネゾリドが一日約$170かかるのに対し、バンコマイシンは一日$12程度である。
なぜ最近バンコマイシンの有用性が問われているのか?
バンコマイシンは、2000年始めころまでMRSAに対する唯一の治療薬であったため、MRSA肺炎に対するバンコマイシンの有用性を比較できる薬剤がなかった。しかし、MRSAに対する薬剤が5つある現在、MRSA肺炎に対する臨床試験の結果、バンコマイシンの治療効果が得られない場合が40% にも上ることがわかった。これをきっかけに、バンコマイシンの治療効果が得られない理由を説明する仮説がいくつか立てられた。
1. MIC creep7
MIC creepとは、ある抗生剤に対するMICが年々上昇している(=感受性が低下している)現象を意味する。あるテキサスの教育病院の事例によると、1985年から2004年の間にバンコマイシンのMIC90が0.25 mcg/mLから2 mcg/mLに上昇している。現在、アメリカの地域によるが、バンコマイシンのMICが2 mcg/mLである黄色ブドウ球菌は30% に上るといわれている。これと関連して、バンコマイシンの治療効果が、バンコマイシンのMICが 0.5 mcg/mL以下のMRSA感染症に比べ、MICが1-2 mcg/mLのMRSA感染症の方が断然低かったことから9、MIC creepがバンコマイシンの治療効果を低下させている理由の一つだと考えられている。
現在、Clinical Laboratory Standard Institute (CLSI) は、MRSAに対するバンコマイシンのMICが 2 mcg/mL以下である場合に「感受性がある」と定義している10。つまり、バンコマイシン感受性とされるMRSAの中には、治療効果の低下と関連されているMICが2 mcg/mLのMRSAが含まれていることを知っておく必要がある。
2. 肺組織への薬剤浸透率(Lung penetration)7
バンコマイシンは親和性が高く分子量の大きい化合物であるため、組織への薬剤の浸透があまりよくないことが予測できる。人工呼吸器を使用しているICU患者の肺上皮被覆液 (epithelial lining fluid) のバンコマイシン濃度は、血中の14% に過ぎないとの報告もある。これに対し、リネゾリドは血中濃度の約2倍高い肺上皮被覆液濃度を維持できることが知られており8、理論的にリネゾリドがバンコマイシンよりMRSA肺炎治療により有効なのではないかという仮説が立てられるが、未だ臨床的に証明されてない。
3. バンコマイシンとリネゾリドを比較した臨床試験の解釈
現在、グラム陽性菌による肺炎治療に対し、バンコマイシンとリネゾリドを比較した二重
盲検試験が二つ公表されている11,12。両試験のデザインは非劣性試験(non-inferiority trial)であり、両試験とも、リネゾリドはバンコマイシンの有効性と劣らないことを証明している。議論のもととなっているのは、"Chest" という著名な雑誌に発表されたWunderink らによる文献である13。これは、二つの臨床比較試験を混合した解析で、post-hoc 解析の結果、約120名のMRSA肺炎に感染した患者に限ってみると、リネゾリド はバンコマイシンより優れているという内容のものである。Post-hoc解析は、インパクトのある結果がみられなかった試験に対し、その試験結果をもとに別の統計手法を用いて有意差がでるように解析するもので14、post-hoc解析の結果は常に注意して解釈すべきである。今現在、リネゾリド がバンコマイシンより優位であると臨床的に証明する二重盲検比較試験は発表されていない。
4. バンコマイシン の投与設計の限界
MIC creepの報告をうけて、ATS/IDSA の院内肺炎治療ガイドラインはバンコマイシンの目標最小血中濃度値(トラフ値)を高めに設定している (15-20 mcg/mL) 5。しかし最近、バンコマイシンのトラフ値と臨床効果との関連を問う報告があり15、血中濃度が高ければ良いというわけでもなさそうだ。また、バンコマイシンの血中濃度が15 mcg/mLを超えると腎毒性の頻度が増加するという報告もあり16、バンコマイシンの投与設計を工夫することでMIC creepを克服し、安全かつ有効にバンコマイシンを使用できるかどうかはまだわかっていない。
おわりに
最近の所見や研究により、MRSA肺炎の治療薬としてバンコマイシンはもはや有用でないと考える人がいる。バンコマイシンのMICが2 mcg/mLのMRSA肺炎を治療する場合には、バンコマイシンの治療効果が得られない場合があることを知っておく必要があるが、リネゾリドがバンコマイシンよりMRSA肺炎治療薬として優れているという臨床試験の報告は未だない。薬剤耐性の面からみると、バンコマイシンは1960年代から使用されているのにもかかわらず、2002年までアメリカではバンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌の報告がなかったのはとても興味深い17。それに対し、リネゾリドは2000年に発売され、その翌年にはリネゾリド耐性黄色ブドウ球菌 が報告されている18。バンコマイシンのMRSA肺炎治療の第一選択薬としての位置づけを変えるには少し早すぎる気がするのは私だけだろうか。
注意:アメリカでは、抗MRSA薬のアルベカシンやテイコプラニンの使用は認められていない。
略語
MRSA: Methicillin resistant Staphylococcus aureus
ICU: Intensive Care Units
MSSA: Methicillin sensitive Staphylococcus aureus
FDA: Food and Drug Administration
MIC: Minimum inhibitory concentration
練習問題
1.正しいものを選びなさい
A. MRSAは年々減少傾向にある。
B. MRSAは抵抗力・免疫力の低下した院内の患者にのみ感染する。
C. MRSAは院内肺炎の病原菌として頻繁に検出される。
2."MIC creep" として知られている現象により、バンコマイシンのMRSAに対する治療効果が低下している可能性がある。正 または 誤?
3.正しいものを選びなさい。
A. MRSA肺炎の治療薬としてリネゾリドはバンコマイシンより優位であると臨床比較
試験により証明されている。
B. MRSA肺炎に対するバンコマイシンの治療効果が低下しているという報告により、目
標血中トラフ濃度を高く設定したことで、治療効果を向上させることに成功した。
C. MRSA肺炎の治療に対し、リネゾリドがバンコマイシンより優位であるという仮説が
いくつがあるが、臨床二重盲検比較試験でその優位性は証明されていない。
参考文献
1. National Nosocomial Infections Surveillance (NNIS) System Report, data summary from January 1992 through June 2004, issued October 2004. Am J Infect Control 2004; 32: 470-485.
2. Rello J, Torres A, Ricart M et.al: Ventilator-associated pneumonia by Staphylococcus aureus. Comparison of methicillin-resistant and methicillin-sensitive episodes. Am J Respir Crit Care Med 1994; 150:
1545-1549.
3. Shorr AF, Combes A, Kollef MH et.al: Methicillin-resistant Shaphylococcus aureus prolongs intensive care unit stay in ventilator-associated pneumonia, despite initially appropriate antibiotic therapy. Crit Care Med 2006; 34: 700-706.
4. Rybak MJ, LaPlante KL: Community-acquired methicillin-resistant Staphylococcus aureus: a review. Pharmacotherapy 2005; 25: 74-85.
5. Guidelines for the management of adults with hospital-acquired, ventilator-associated, and healthcare-associated pneumonia. Am J Respir Crit Care Med 2005; 171: 388-416.
6. Levine DP: vancomycin: a history. Clin Infect Dis 2006; 42(Suppl 1): S5-12.
7. Deresinski S. Counterpoint: vancomycin and Staphylococcus aureus - An Antibiotic Enters Obsolescence. Clin Infect Dis 2007; 44: 1543-1548.
8. Honeybourne D, Tobin C, Jevons G et.al: Intrapulmonary penetration of linezolid. J Antimicrob Chemother 2003; 51: 1431-1434.
9. Sakoulas G, Moise-Broder PA, Schentag J et.al: Relationship of MIC and bactericidal activity to efficacy of vancomycin for treatment of methicillin-resistant Staphylococcus aureus bacteremia. J Clin Microbiol 2004; 42: 2398-2340.
10. Clinical and Laboratory Standards Institute. Performance standards for antimicrobial susceptibility testing. Eighteenth informational supplement. Standard M100-S18. Wayne PA: Clinical and Laboratory Standards Institute, 2008.
11. Rubinstein E, Cammarata S, Oliphant T et.al: linezolid (PNU-100766) versus vancomycin in the treatment of hospitalized patients with nosocomial pneumonia: a randomized, double-blind, multicenter study. Clin Infec Dis 2001;32: 401-412.
12. Wunderink RG, Cammarata SK, Oliphant TH et.al: Continuation of a randomized, double-blind, multicenter study of linezolid versus vancomycin in the treatment of patients with nosocomial pneumonia. Clin Ther 2003; 25: 980-982.
13. Wunderink RG, Rello J, Cammarata SK et.al: linezolid vs vancomycin: analysis of two double-blind studies of patients with methicillin-resistant Staphylococcus aureus nosocomial pneumonia. Chest 2003; 124: 1789-1797.
14. http://www.lifescience.jp/ebm/wadai/0411/index.html
15. Jeffres MN, Isakow W, Doherty JA et.al: Predictors of mortality for methicillin-resistant Staphylococcus aureus health-care-associated pneumonia: specific evaluation of vancomycin pharmacokinetic indices. Chest 2006; 130: 947-955.
16. Lodise TP, Lomaestro B, Graves J et.al: Larger vancomycin doses (at least four grams a day) are associated with an increased incidence of nephrotoxicity. Antimicrob Agents Chemother 2008; 52: 1330-1336.
17. Sievert DM, Rudrik JT, Patel JB et.al: vancomycin resistant Staphylococcus aureus in the United States, 2002-2006. Clin Infect Dis 2008; 46: 668-674.
18. Tsiodras S, Gold HS, Sakoulas G et.al: linezolid resistance in a clinical isolate of Staphylococcus aureus. Lancet 2001; 358: 207-208.
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