HIV/AIDS感染症の基礎知識 (HIV/AIDSシリーズ①)
岩澤 真紀子, Pharm.D., BCPS
はじめに
アメリカではHIVクリニック,HIV専門薬局などが存在し,HIV/AIDS感染症治療に薬剤師が深く関わっている.日本においても最近はHIV/AIDS感染症の患者数増加が問題になっているが,HIV/AIDS感染症を理解し,薬剤師の視点から薬物治療に関われる薬剤師は日本ではまだ少ない.今回からはシリーズ(不定期連載)で,薬剤師がHIV/AIDS治療にかかわるために必要な基礎知識についてとりあげる.今回は,HIV/AIDS感染症の病態の理解,次回からはHIV/AIDS感染症の薬物療法に焦点をあてる.
学習目的
1. 日本におけるHIV/AIDS感染の実態の理解
2. HIVのライフサイクル,HIV感染症のメカニズムの理解
3. HIV感染症の病期の理解
アジア地域におけるHIV /AIDS感染の実態と日本の現状
最近のアジア地域におけるHIV/AIDS感染の拡大は深刻な問題になっており,国連合同エイズ計画(UNAIDS)の2007年度の報告によると,インドでは約250万人,中国では約70万人 がHIVに感染している[1,2].国連合同エイズ計画は,アジア各国政府が対応を怠れば,アジア地域でのHIV患者は2010年には800万人に達すると警告している[1].
日本におけるHIV /AIDSについては,毎年厚生労働省エイズ動向委員会が統計を発表している.その報告書によると,2007年に報告された新たなHIV感染者は1082件,AIDS患者は418件と,いずれも過去最高を記録し,増加傾向が続いている[3].これにより,2007年末までの累積報告件数はHIV感染者が9426件,AIDS患者が4468件となった(凝固因子血液製剤による感染者を除く)[3]. エイズ動向委員会の報告は,あくまでも都道府県からの報告にもとづくものであり,無症候感染者を含めると,実際のHIV感染者数はこれよりさらに多いと推定される.
2007年末の累計では,日本におけるHIV患者の感染経路は,異性間性的接触34%,同姓間性的接触47%,静注薬物濫用0.5%,母子感染0.3%,感染経路不明15.6%と報告されている[3].一方,AIDS患者の感染経路は,異性間性的接触が同性間性的接触を上回っており (42% vs. 29%) ,約10年間というAIDS発症までの長い潜伏期を反映してか,感染経路不明者が4分の1 (25%) を占めている[3] .性別では男性患者がHIV感染者の8割を占め増加傾向にあるが,女性患者数は1999年以降横ばい状態である[3].HIV感染者は20~39歳に集中しており(71%),AIDS患者は25~60歳以上までの広範囲に分布している[3].感染報告地域では,東京都,関東・甲信越が5割を占めているほか,東海・近畿でも急増の傾向が見られる[3].
さらに日本では近年,HIV感染症以外の性感染症患者増加も著しく,年間600万人を超えている[4].なかでもクラミジア感染症にかかっている若年女性患者数の増加が問題視されており,その数は年間2万人にもおよぶ[4].性感染症にかかっている患者が性的接触を通じてHIVに接触した場合,HIVに感染する確率が2~5倍高まるといわれている[5].
日本のHIV/AIDS患者数はインドや中国に比べるとまだ低いように見えるが*,過去10年間の日本におけるHIV感染の拡大は,発展途上国での拡大を思わせる勢いだという声もある[6].今後,HIV/AIDS感染の啓発運動,性感染症(STD)防止のための教育など,HIV/AIDS感染の早期発見・拡大防止のための取り組み,HIV/AIDS患者のサポートシステムの確立が急務であり,薬学生・薬剤師ともに,これらの活動に積極的に関わっていくことが重要だと思われる.
HIV感染のメカニズム
HIVはRNAウイルスの一種であり,ゲノムRNAを逆転写酵素でDNAに転写して遺伝情報を読み出すレトロウイルスである[7].HIVは主にCD4陽性Tリンパ球とマクロファージ系細胞に感染する[7] .HIV増殖の過程は以下の通りである.
① HIVが宿主細胞 (CD4陽性Tリンパ球とマクロファージ系細胞) のCD4陽性Tリンパ球受容体と共受容体に融合する [7] .HIVが細胞内に取り込まれるには,共受容体 (CXCR4,CCR5) の存在が必要である [8] .CXCR4はTリンパ球上にみられ,CCR5は単細胞,Tリンパ球両方にみられる[9] .
② HIVウイルス粒子が細胞内に進入し,逆転写酵素によりRNAからDNAへの逆転写がおこる [7] .
③ HIV DNAがインテグラーゼによりCD4陽性Tリンパ球内に組み込まれる [7] .
④ 翻訳(活性化した細胞がDNAをRNAに転写し,ウイルスタンパクを生成する過程)を経て,複合タンパクを形成する[7,10] .
⑤ 複合タンパクがプロテアーゼ(タンパク分解酵素)により切断され,活性化される[7] .
⑥ 新たに産生されたHIVがCD4陽性Tリンパ球から出芽する[7] .
現在抗HIV 薬として使用されているのは,これらのいずれかのステップに作用してHIVの増殖を抑える薬剤である.HIVに感染し活性化した細胞は,ウイルスを産生してから1~2日で死んでしまうが,一つの細胞が産生するHIVは数千を超える[10] .
HIVの病期
HIV感染症は,急性感染期,無症候期,AIDS期の3つの病期に分けられる [10] .
HIV感染後,数日から数週の間に,1x106コピー/mLを超えるウイルス血症が生じる [10] .この時期患者の多くは,発熱などのインフルエンザ様症状や,発心・頭痛・倦怠感・吐き気などを経験する [8] .このHIVの急性感染期は,数日から10週間以上に及ぶことがあるが,大抵は2週間以内である [8, 10] .
HIVに対する免疫反応が生じると,慢性感染状態へと移行する.この免疫機構とHIVが拮抗した状態は平均10年程持続し,ほとんど症状なく経過する [10] .この時期が無症候期である.無症候期の長さには個人差がある.この無症候期の間にもHIVは増殖し続け,標的細胞であるCD4陽性Tリンパ球の数は減少していく [10] .
通常,健康な人のCD4陽性Tリンパ球の数は,800-1200/mm3である[7] .CD4陽性Tリンパ球の数が500/mm3以下になると,免疫機構の半分が破壊され,口唇ヘルペス,膣カンジダ,真菌感染症などの軽い感染症を引き起こすが,これらの感染症は生命に危険を及ぼすものではない[9] .しかし,CD4陽性Tリンパ球の数が200/mm3以下になると,細胞性免疫不全が起こり,カンジダ症,ニューモシスティス肺炎,トキソプラズマ脳症,サイトメガロウイルス感染症,ヘルペスウイルス感染症といった日和見感染症を併発しやすくなる[9] .
このように,HIVの抗体が陽性でかつCD4陽性Tリンパ球の数が200/mm3以下である場合,もしくは日和見感染症といったAIDS指標疾患を併発している状態を,後天性免疫不全症候群(AIDS)という[7] .
*注意:中国(世界人口数1位),インド(世界人口2位)ともに人口が日本より多いので有病率で本来比較すべきであるが,中国の正確な人口が不明であるためUNAIDSのデータからは有病率が得られなかった.カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校のウェブサイト [11] .によると,大人のHIV有病率は,中国0.1%,インド0.9%,日本<0.1%である.
次回は,抗HIV治療の基礎知識をとりあげる.
略語:
HIV=Human Immunodeficiency Virus
AIDS=Acquired Immune Deficiency Syndrome
ART=Antiretroviral Treatment
HAART=Highly Active Antiretroviral Therapy
STD=Sexually Transmitted Diseases
CDC=Centers for Disease Control and Prevention
練習問題:
問題① 誤っているものを選びなさい.平成19年エイズ発生動向年報によると,日本における
A.HIV感染者は20~39歳に集中している
B.HIV感染者・AIDS患者の感染経路は,いずれも異性間性的接触が最も多い
C.女性のHIV感染者数は,1999年以降横ばいの状態である
問題② HIVの増殖過程の順番が正しいものを選びなさい.HIVが
A. 宿主細胞と融合→活性化した細胞がDNAをRNAに転写し,ウイルスタンパク を生成→逆転写酵素によるRNAからDNAへの逆転写
B. 宿主細胞と融合→逆転写酵素によるRNAからDNAへの逆転写→翻訳を経て複合タンパクを形成
C. 宿主細胞と融合→プロテアーゼ(タンパク分解酵素)により複合タンパクが切断される→インテグラーゼによりHIV DNAがCD4陽性Tリンパ球内に組み込まれる
問題③ 誤っているものを選びなさい.
A.CD4陽性Tリンパ球の数が200/mm3以下になると,細胞性免疫不全が起こる.
B.HIV急性期には,発熱などのインフルエンザ様症状や,発心・頭痛・倦怠感・吐き気などの症状がおこる.
C.無症候期には,CD4陽性Tリンパ球の数には変化が見られない.
参考文献
1. UNAIDS. 2007 AIDS epidemic update Asia. http://data.unaids.org/pub/Report/2008/jc1527_epibriefs_asia_en.pdf
2. Stephenson J. Asia’s growing HIV/AIDS epidemics in spotlight at international conference. JAMA 2004; 292:1161-1162.
3. 厚生労働省エイズ動向委員会. 平成19年エイズ発生動向年報
http://api-net.jfap.or.jp/mhw/survey/07nenpo/nenpo_menu.htm
4. 厚生労働省. 性感染症報告数. www.mhlw.go.jp/topics/2005/04/tp0411-1.html
5. CDC. STD Fact: HIV/AIDS&STD. www.cdc.gov/std/hiv/STDFact-STD&HIV.htm
6. Watanabe C. Japan reports record number of new HIV infections in April-June. Associated press August 28, 2006.
7. Klimas N, O’Brien K, et al. Overview of HIV. Psychosomatic Medicine 2008; 70:523-530.
8. Kahn JO, Walker BD. Acute human immunodeficiency virus type I infection. NEJM 1998; 339: 33-38.
9. Kurtzkes DR. HIV pathogenesis and viral markers. www.medscape.com/viewprogram/661_pnt
10. HIV治療ガイドライン2006. http://api-net.jfap.or.jp/siryou/guideline/guideline.htm
11.カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校HIV InSite. http://hivinsite.ucsf.edu
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