廣島 理沙, Pharm.D.
学習目的
1.プロカルシトニンの有用性についての理解を深める.
2.近年発表されたプロカルシトニンに関しての文献の結果を理解する.
3.プロカルシトニンの臨床的有用性について考える.
今回は, 細菌感染症や敗血症の診断や治療で注目されているバイオマーカー, プロカルシトニンについて取り上げる.
プロカルシトニンとは1-2)
プロカルシトニン(PCT)は116個のアミノ酸から成る分子量
13kDaのペプチドであり,通常はカルシトニンの前駆物質として甲状腺C 細胞で合成される. しかし,重症細菌感染症では, その菌体や毒素などの作用により, TNF-αなどの炎症性サイトカインが産生され, その刺激を受けて肺, 肝臓, 腎臓, 脂肪細胞, 筋肉など多臓器からPCTが血中に分泌される. 現在, PCTは細菌, 寄生虫, 真菌感染症に特異な血清マーカーとして, また敗血症重症度評価の指標として, その有用性に期待がもたれている. 日本では2006年から, 敗血症に対してのPCT測定が保険収載された.
特徴:
· 炎症のマーカーであるCRPにくらべて反応が速やか(3時間)である.
半減期は24 ~30時間.
· PCTはウイルス感染症においてはほとんど上昇しない. ウイルス感染時にはインターフェロンγ が増加しPCT産生の抑制がおこると考えられている.
· NSAIDS, ステロイド, 抗癌剤などを使用していても, PCT濃度に影響はないと報告されている.
偽陽性と偽陰性:
上記でPCTは細菌感染症で特異的に上昇すると述べたが, 偽陽性, 偽陰性の問題がないわけではない. PCTは細菌感染症以外にも全身性炎症や外傷などで上昇するという報告がある(表1).
表1.
PCTが上昇する原因3)
A. 神経内分泌腫瘍 |
甲状腺髄様癌 肺小細胞癌 カルチノイド症候群 |
B. 非感染症全身性炎症 |
気道熱傷 誤嚥 膵炎 熱中症 腸間膜梗塞 |
C. 重症感染症 |
細菌性 ウィルス性 寄生虫 |
D. 敗血症 |
E. 外傷 |
機械的損傷 熱傷 外科手術 |
近年のプロカルシトニン研究結果4-9)
近年PCTを使って抗菌薬治療の開始・中止を決定する研究がたくさん発表されている. 2013年12月に発表されたレビュー論文に紹介されている試験の中から代表的な4件について概説する.
Nobre
et al. 2008
研究デザイン |
単施設, 前向き, オープンラベル, ランダム化比較 |
被験者 |
PCT群
(n=31) と対照群 (n=40) 重症敗血症,敗血症性ショック |
介入 |
① PCTの初期値が>1ng/mL: PCT<0.25ng/mLまで低下または90%以上低下すれば,抗菌薬投与を5日目以降に中止する. ② PCTの初期値が<1ng/mL: PCTが<0.1ng/mLまで低下すれば,抗菌薬投与を3日以降に中止する. |
主要調査項目 |
抗菌薬中止までの日数 |
結果 |
抗菌薬中止までの日数:対照群9.5日に対して, PCT群は6日(p<0.15)-有意な変化なし Per
Protocol解析では(n=68)対照群10日に対して, PCT群は6日(p=0.003) |
まとめ |
抗菌薬投与中止までの日数に有意な差は見られなかった. |
Hochreiter
et al. 2009
研究デザイン |
単施設, 前向き, オープンラベル, ランダム化比較 |
被験者 |
PCT群
(n=57)と対照群 (n=53) 細菌感染症が疑われるSIRS患者 |
介入 |
① PCT<1ng/mL: 抗生剤投与中止 ② PCT>1ng/mLの場合でPCTが初期値から25-35%減少: 抗菌薬投与中止 |
主要調査項目 |
抗菌薬中止までの日数 |
結果 |
抗菌薬中止までの日数:対照群7.9日に対して,PCT群は5.9日(p<0.001) |
まとめ |
PCT群のほうが有意に抗菌薬投与期間を2日短縮させた. |
Bouadma
et al. 2010(PRORATA Trial)
研究デザイン |
多施設, 前向き, オープンラベル, ランダム化比較 |
被験者 |
PCT群
(n=311) と対照群 (n=319) ICU滞在期間3日超と思われる細菌感染疑いのある患者, 18歳以上 |
介入 |
抗菌薬開始・中止をプロトコルにより決定する. Medical
ICU <0.25 μg/L:抗菌薬不使用または中止強く推奨 ≧0.25 and <0.5 μg/L: 抗菌薬不使用推奨 ≧0.5and <5μg/L: 抗菌薬使用推奨 ≧5 μg/L: 抗菌薬使用強く推奨 Surgical
ICU <4 μg/L: 抗菌薬不使用または中止強く推奨 ≧4 and <9 μg/L: 抗菌薬使用推奨 ≧9 μg/L: 抗菌薬使用強く推奨 |
主要調査項目 |
28日, 60日死亡率と28日目までの抗生剤無使用日数 |
結果 |
28日, 60日死亡率: 有意な変化なし 抗菌薬無使用日数:対群14.3日に対して, PCT群は11.6日(絶対差
2.7日, 95% CI 1.4- 4.1,
p<0.0001) |
まとめ |
PCT群の方が死亡率に影響なく, 有意に抗菌薬投与期間を2.7日短縮させた. |
Annane
et al. 2013
研究デザイン |
多施設, 前向き, オープンラベル, ランダム化比較 |
被験者 |
PCT群
(n=26)と対照群 (n=27) 血液培養陰性のSIRS患者, 18歳以上 |
介入 |
抗菌薬開始・中止をプロトコルにより決定する. 抗菌薬開始時 <0.25 μg/L: 抗菌薬不使用強く推奨 ≧0.25 and <0.5 μg/L: 抗菌薬不使用推奨 ≧0.5and <1μg/L: 抗菌薬開始推奨 ≧1 μg/L: 抗菌薬開始強く推奨 再検時 <0.25 μg/L: 抗菌薬中止強く推奨 ≧0.25 and <0.5 μg/L, またはピーク時よりも80%以上低下: 抗菌薬中止推奨 ≧0.5 μg/Lかつピーク時よりも80%未満低下: 抗菌薬継続推奨 ≧0.5 μg/Lかつピーク時よりも上昇: 抗菌薬変更強く推奨 |
主要調査項目 |
5日後の抗菌薬の使用率 |
結果 |
抗菌薬の使用率:対照群81%に対して, PCT群は67%(95% CI 0.60-1.14,
p=0.24) |
まとめ |
5日後抗菌薬の使用率に有意な差は見られなかった. |
研究によって対象患者や介入に大きな違いがあるため,一概に評価をするのは難しいが,現時点ではPCTプロトコルを臨床的に普及できるほどのエビデンスはまだそろっていない. ただ,Surviving
Sepsis Campaign Guideline 2012(敗血症診療ガイドライン)では,「敗血症と診断したが,その後感染の根拠が認められない患者においては,PCTや同様のバイオマーカーが低値であることを経験的治療の中止するために使用してもよい(Grade 2C)」と記されているなど,敗血症の診断および細菌感染症の診断に関する新しいバイオマーカーとしての有用性が認められつつあるのも確かである. 当たり前ではあるが,PCTの偽陽性と偽陰性を考えつつ,患者の病態や他の検査所見とあわせて,総合的に感染症の有無を判断することが重要である.
練習問題
1.PCTは細菌感染症以外にも膵炎や外傷などで上昇する.
a. 正
b. 誤
2.2010年に発表されたPRORATA Trialの結果によれば, PCTを使ったプロトコルを導入することにより抗菌剤投与期間を短縮することができる.
a. 正
b. 誤
3.PCTのバイオマーカーとしての役割はまだ確立しておらず, Surviving Sepsis Campaign Guideline 2012も使用を否定している.
a. 正
b. 誤
正解:a, a, b
参考文献
1. Linscheid P, Seboek D, Nylen ES et al. In
vitro and in vivo calcitonin I gene expression in parenchymal cells: a novel
product of human adipose tissue. Endocrinology.
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2. Becker EL, Nylén ES, White JC et al. Procalcitonin and the calcitonin
gene family of peptides in inflammation, infection, and sepsis : a journey from
calcitonin back to its precursors. J Clin
Endocrinol Metab. 2004; 89:1512-1525.
3. Becker KL, Snider R, Nylen ES.
Procalcitonin assay in systemic inflammation, infection, and
sepsis: Clinical utility and
limitations. Crit Care Med. 2008; 36
(3): 941-952.
4. Prkno A, Wacker C, Brunkhorst
FM et al. Procalcitonin-guided therapy in intensive care unit patients with
severe sepsis and septic shock a systematic review and meta-analysis. Critical Care. 2013;17:R291
5. Nobre V, Harbarth S, Graf, JD et al. Use of
procalcitonin to shorten antibiotic treatment duration in septic patients. Am J Respir Crit Care Med 2008;
117:498-505.
6. Hochreiter M, Koehler T, Schweiger AM, Keck FS, Bein B, von Spiegel T,
Schroeder S:
Procalcitonin to guide duration of
antibiotic therapy in intensive care patients: a
randomized prospective controlled
trial. Crit Care 2009, 13:R83.
7. Bouadma L, Luyt C-E, Tubach F,
Cracco C, Alvarez A, Schwebel C, Schortgen F,
Lasocki S, Veber B, Dehoux M, et al: Use of procalcitonin to reduce patients’ exposure to antibiotics in
intensive care units (PRORATA trial): a multicentre randomised
controlled
trial. Lancet
2010,
375:463–474.
8. Annane D, Maxime V, Faller JP et al. Procalcitonin levels to guide antibiotic therapy in adults with
non-microbiologically proven apparent severe sepsis: a randomised controlled
trial. BMJ Open. 2013;
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9. Dellinger RP, Levy MM, Rhodes
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Pediatric Subgroup. Surviving sepsis campaign: international guidelines for
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